友だちとのちょうどいい距離が、わからなくなる日
友だちとのちょうどいい距離が、わからなくなる日
ある時期、仲のよかった友だちと、少しずつ距離が空いていった。
LINEのやり取りも減り、1年近く月日が流れたある日、習い事への道の途中でばったりと出くわした。
会えば笑い合える。パッと笑顔になる二人。でも、どこかぎこちない沈黙に少しだけ心がざわついた。(何から話せばいいのかな、、、)
本当に仲がいいなら、沈黙さえも心地いいはず。そんなふうに思っていたのに、気づけば相手の言葉の裏を読んだり、自分の発言を後悔したり。あの笑顔は本物だったかな、今のメッセージ、重くなかったかな―― 無意識に「相手に合わせた自分の立ち位置」を確かめようとしてしまう。
そのうちに、また月日が流れる。。。
「あれからどうしてる?」と打っては消すメッセージ。
送るほどでもない、でも何も言わないのも不自然。
私たち、どんなふうにやり取りしてたっけ?――そう思いながら、過去のメッセージを遡る。
でも、メッセージを読み返しても、何となく「今の立ち位置」が見つからない。
友だちって、どれくらい距離を詰めていいのかな。もちろん相手にもよるけれど、気を使いすぎるのも、放っておくのも、どちらも苦しくなる時がある。
思い切って、素直な気持ちを送ってみた。
「この間は久しぶりだったね。なんか、久しぶりすぎて、何から話せばいいのか戸惑っちゃって、変に気を使って微妙な空気作っちゃったかも?」
送信ボタンを押したあと、気持ちが落ち着かなかった。
しばらくして届いた返事に、スッと肩の力が抜けた。
「全然そんなことないよ。こっちも話したいこととか、聞いてもらいたい話があり過ぎて、でも忙しいだろうから、あんまり長く話すと悪いかなって思って、うまく話せなかったかも(笑)お互いぎこちなかったよね(笑)」
ああ、お互いに同じようなことを想っていたんだな。
当たり前のことだけれど、誰もが自分のペースで生活をしている。
いつもいつも一緒にいなくても、すべてを知らなくても、不安になる必要なんてなかったんだ。
それ以来、必要以上に連絡をしなくなったけれど、むしろ信頼関係は強くなった気がする。
お互い、それぞれの生活を生きている。そして、たまに声を掛け合って、少しの時間を共有する。
友だちとの関係って、そうやって、ゆっくり育てていくものなんだな。
人と人との距離感は、一定じゃない。
相手の環境や、お互いの心の余白によって、毎日に合わせて変わっていくもの。
遠くに感じるときも、近すぎて疲れてしまうときもあって当然。
大事なのは、「どう思われているか」じゃなくて、
「その人のことを、大切に思っている自分でいられるかどうか」。
返事がなくても、笑い合えなくても、根っこにあるやさしさは、そう簡単に消えたりしない。
少し離れてしまった時間があるからこそ、会えた日が特別に楽しくなる。
会わない日が続いても、「また会いたいな」と思える。
もやもやしていた気持ちが、すっきりと、そしてあたたかくなった。
人との距離に迷ったときは、立ち止まってもいい。そして「今」の気持ちを素直に相手に伝えよう。
そうすればきっと、お互いの「今」の中に、一番いい距離が見つかるはず。

